一寸先に愛と光を視るまなざしへ替える~太陽の賛歌によせて



日本の和の色の物語

それは感謝と祈りの調べ

古来の意識を 想い起こす詩(うた)

今ここにある”匂ひ” 波動 素粒子に

いつか気づいてゆける

きっと遥かなワンネスへの旅なのだろう




今朝、敬愛する祖母(80代半ば/別地方に独居)からの、起きがけのLINEメッセージに


「一寸先はわからないという言葉昔からあるけれど、頑張って生活しよう、これからも」と少々シリアスなトーンの文面があり、(TVを見ながらの反応の様子)


思わず、脳裏よりすっと

「一寸先は光だよ」「一寸先は愛と光」

と言葉が湧き、返事にしました。


その後、出逢ったひとつの賛歌があります。


祖母の励みになるようなネタをと、(さて仏教説話空海路線かカトリックか)想い出を辿っていところ、ふと聖フランシスコ(フランチェスコ)(※1)が浮かび、ならばと「愛と光」にかけ合わせ検索してみましたら、


こちらの、スピリチュアルヒーラー美加子さんの記事に目が留まり、聖フランシスコの『太陽の賛歌』ー日本語訳の詩に深く感動、共振したのです。



(ご本人に許可頂き掲載するものです)

(以下、記事より抜粋)

アッシジの聖フランシスコについて

聖フランシスコ様は、
1182年10月4日に
イタリアのアッシジで誕生しました。
1226年10月3日に、44歳で
スピリチュアルワールド(天国・霊界)へ
旅立ちました。
フランシスコ会の創設者として知られる
カトリック修道士様です。
お父様は、ペトロ・ベルナルド様で、豪商でした。
若いフランシスコ様は、何不自由ない生活を送り、
多くの教育を受け、優雅な暮らしを送っていました。
時が流れ、
彼は、無慈悲冷酷を非常に嫌うようになりました。
貧困な人たちに、沢山の施しをするようになりました。
そして、
フランシスコ様は、
戦地で捕虜になったことがあります。
病気になり、
瀕死の状態で故郷に戻りました。

聖ダミアノ教会で祈りを捧げている時に、

「フランシスコよ、わが家を建て直せ」という

御声を聞き、

お父様の家から貴重な品々を持ち出し、

それを売り払い

そのお金を教会修繕のために

寄贈しました。

お父様の大反対を押し切って、

フランシスコ様は、清貧の生活に安住し、

新たな弟子たちと

「小さき兄弟会」という、

初の修道院が誕生しました。

フランシスコ会の

始まりです・・✨


『太陽の賛歌』の詩(※2)

【聖フランシスコ♡太陽の讃歌】
おお神よ、たたえられよ。
栄光と賛美と、栄誉と祝福は
すべてあなたのものです。
太陽を創ってくださり、ありがとう。
太陽は、私の兄です。
太陽は昼を創り、あなたは太陽を通して、
私たちを照らし、光を与えてくれます。
太陽は美しく、光り輝き、燃えています。
太陽こそ、あなたの偉大さのしるしです。
おお神よ、たたえられよ。
月と星を創ってくださり、ありがとう。
月と星は私の姉です。
月と星は夜空に輝き、
私たちに喜びとロマンを与えてくれます。
おお神よ、たたえられよ。
風と空気と雲をありがとう。
輝くほどに晴れた空と、
そして、あらゆる天候を創ってくださり、

ありがとう。

彼らは私の兄弟です。

これらの兄弟のおかげで、

すべての命あるものは生きてゆけるのです。

おお神よ、たたえられよ。

水を創ってくださり、ありがとう。

水は私の妹です。

水は最も役に立つもの、

高ぶらず、澄み渡り、純粋です。

おお神よ、たたえられよ。

火を創ってくださり、ありがとう。

火は私の弟です。

火は暗き闇夜を照らします。

火は美しく、快活です。

力強く、光輝いています。

おお神よ、たたえられよ。

大地を創ってくださり、ありがとう。

大地は私の母です。

私たちに住む場所を与え、食べ物を生み出します。

あらゆる果実や、

色とりどりの花や食物を育ててくれます。

おお神よ、称賛と祝福を受け取ってください。

本当に、本当に、ありがとう。

私の心からの感謝を受け取ってください。



こちらを読みながら私には、明恵上人が、聖フランシスコの祈りの向こうに見えました。鳥や虫や木々たちの声を聴かれる、あの観想の瞬間のお姿とともに。


遥か昔、かのお姿を教えてくれたのは、懐かしい白洲正子さんの随筆、『明恵上人』でした。(※3)



(※4 「紙本著色明恵上人像」高山寺蔵)




「太陽の賛歌」、調べたところ多数の古風な日本語訳があるなかで(翻訳は難しい)、美加子さんのお言葉は、時代や文化・文明の隔たりを全く感じさせない、今・ここの私にダイレクトに響き伝わるものでした。これこそ、ヒーラーとして現に活躍されている方のレイヤー(意識の層)なのだな…と気づき、心が洗われる気持ちになりました🍃🌿



他に、参考文献や著作にはすぐに当たれず、ひと通り検索かけてしっくりくる訳を探して次に見つけたのが、こちらの賛歌です。




(以下、動画より歌詞を転記)

 

神よ
造られた
すべてのものによって
わたしはあなたを賛美します


わたしたちの兄弟
太陽によってあなたを賛美します
太陽は光をもってわたしたちを照らし
その輝きは
あなたの姿を現します


わたしたちの姉妹
月と星によってあなたを賛美します
月と星は
あなたのけだかさを受けています


わたしたちの兄弟
風によってあなたを賛美します
風は
いのちあるものを支えます


私達の姉妹
水によってあなたを賛美します
水は
わたしたちを清め
力づけます


わたしたちの兄弟
火によってあなたを賛美します
火は
わたしたちを暖め
よろこばせます


わたしたちの兄弟
母なる大地によって賛美します
大地は
草や木を育て
みのらせます


神よ
あなたの愛のためにゆるし合い
病と苦しみを耐え忍ぶ者によって
わたしはあなたを賛美します


終わりまで
安らかに耐え抜くものは
あなたから
永遠の冠を受けます


わたしたちの姉妹
体の死によってあなたを賛美します
この世に生を受けたものは
この姉妹から
逃れることはできません


大罪のうちに死ぬ人は
不幸な者です
神よあなたの
尊いみ旨を果たして死ぬ人は
幸いなものです
第二の死は
かれを損なうことはありません


神よ

造られたすべてのものによって

わたしは深くへりくだって

あなたを賛美し

感謝します


アッシジの聖フランシスコ【太陽の賛歌】

カトリック祈祷書/祈りの友より



流れる賛歌、出典はこちらにあって、



あと他にも、重厚感増す厳かな賛歌もありました。欧州の風土、文明…歴史の積層が感じられます。



上の動画は、イタリア語原文の歌詞も紹介されているこちらのサイトより発見したものです。





今こそ、聴こえてくる音色
見えてくる意識
このふわふわした繋がりは、何なのか






自我を手放すこと 

生きとし生けるもの、森羅万象に、

たま(霊)を感じる眼差し

自他の境がないこと

無私であること

帰依の境地であること




キリスト死後約2000年の

ザ・宗教としての言説、

その中のロジック、世界観、それらによって成り立ち現存するパラダイム…などと、


例えばこの列島縄文来の大調和のこころ、

大祓のこころなどは、


差を見ていけば、言語化の末、

整理していけることは

たくさんあるかもしれないけれど、


小野善一郎先生(現・渋川八幡宮禰宜 ※5)の、ご視座にもあったように、

キリスト本人による福音のメッセージと

縄文の大調和の世界、大祓のこころは、

原初よりあゝきっと、

深いレイヤー(意識の層)では

通じているのだろうなあと、聖フランシスコの言葉からも、感じられる

   


過去2000年の歴史の積み重ねの果てに、

今、現に私たちは、


自然≠人間

ウイルス≠人間


とされる(←暗黙知で/デフォルトの)

パラダイムの中に、

片足を置いて生きている。

その行きつくところが、

例えば祖母が朝、TVから視界に流し入れ、

意識で創る、「一寸先は闇」の世界。


けれどー


仮に、デフォルトの設定を、

「一寸先は愛と光」に替えてみたら、

どうだろう。


不思議なことに、まるでオセロの石が一面、

黒から白にぱたぱたとひっくり返るように


ウイルス=人間

自然=人間


の世界観が現れ出すのではないだろうか?


これは言うまでもない、


古来の私たちの意識

草木国土悉皆成仏を唱えた、

磐座に手を合わせていた、

鳥や虫やお花たちに声を聴くことのできた

ご先祖様方のこころ、

そしてそれは、

原初本来のキリスト意識に

通じるものだとも察せられる



差を見る分離の世界でなく、

全てはひとつ/ワンネス〇 の世界を

見てゆく扉が開かれる







宇宙の愛を感じて生きる

魂軸のあなたへ


病めるときも健やかなるときも

魂の眼で ひとは きっと

感謝と祈りの素粒子を響かせられる


魂意識でいれば、

いつか笑顔も生まれるでしょう


今日も、宇宙の愛に包まれている

魂結ぶ、万物とのご縁

今この瞬間に感謝致します


すべては

もう1人のわたし 

あなたもわたしも 万物は

わけみたま


~とほかみえみため~

 ∞ありがとう∞





≪参考情報、使用画像(記載ないものは筆者撮影)≫

※1 アッシジの聖フランシスコについて
安直ですが、まず概観するのにとても充実したサイトなので、紹介致します。



下記の施設のHP内にも、とても参考になる内容、視座が描かれていました。使用されているアッシジの風景・肖像画像も胸に沁むものです。ご活動への経緯も込めて、掲載させて頂きます。



※2 『太陽の賛歌』について

英国式スピリチュアルヒーラー・美加子さんによるご説明の他、キリスト教文化史・比較思想の研究者の方(元南山短期大学教授・家田足穂氏)

の以下のブログでも、より詳細な説明が確認できました。



家田足穂氏は、一遍上人との関連性を考察されているようです。下記の著書も読んでみたくなりました。

家田足穂. 『「捨てる」という霊性 -聖フランチェスコと一遍上人-』. オリエンス宗教研究所. 2010.11.5. p.197


※3 白洲正子. 『明恵上人』. 講談社文芸文庫.  1992.3.4. p.218

白洲正子.『明恵上人』(愛蔵版). 新潮社. 1999.11.1. p.229


※4 「紙本著色明恵上人像」(高山寺蔵、国宝) 高弁(明恵)が山中の松林の樹上で坐禅を組む姿を、弟子の恵日房成忍が筆写したものといわれる。パブリックドメイン


※5 小野善一郎(おのぜんいちろう)先生:

渋川八幡宮禰宜 元湯島天満宮権禰宜

國學院大學、東洋大学兼任講師

昭和29年(1954年)福島県生まれ

古事記や神道に関する勉強会を全国津々浦々で行ってらっしゃるお方です。

ご参考:古事記のこころ.net


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