日本古代の色彩と染 前田雨城

はしがき


 日本の色彩の歴史を見ると、その流れの中に、二つの大きな山が存在することがわかる。その一つは、日本古代の民族色彩で、当時の人々が、祈りを染付した色彩である。もう一つは、武家政治のもとで、人々が生活のために、必要に応じて作り出してきた人工美の色彩である。

 いわゆる日本民族の色彩は、飛鳥時代の頃に始まり、奈良時代をへて、平安時代の中頃に完成されたもので、「万葉の色彩」とか、「薬草の色」とも呼ばれている。

 人工美の色彩は、鎌倉時代に端を発し、室町時代の中頃にようやく世に出はじめ、桃山時代を経て、江戸時代の中頃に全盛となった。つまり武家型といわれる色彩で、模様や織の中に育った庶民文化の産物である。

 この武家色彩に関する研究は、模様や織柄に付随してではあるが、各分野とも進み、これまで多数の研究書も発表されている。しかし、私が本書で述べようとする日本古代の色彩、なかんくず民族色彩については、その色彩や実態はもちろんのこと、その思想の本質も、研究が未開拓の状態である。 

 日本古代の色彩として発表されているものもなくはないが、その大部分は、江戸時代の色彩から推測されたものであったり、または、文学上の解釈に終始しているものである。換言すれば、それらは、現在の物質文化思想によって意味づけられた日本古代色彩と言えよう。


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